日本基督教団 玉川平安教会

■2024年1月21日 説教映像

■説教題 「裏切りの食卓

■聖書   マタイによる福音書 26章17〜25節 


◆過越の祭りとは何かということを、先ずお話ししなければなりません。とは言え、要約するだけでも随分な時間が要ります。今日の箇所を読むのに是非とも必要な、最低限度のことだけを申します。

 過越の祭とは、ユダヤ人の三大祭りの一つです。奴隷状態にあった彼等のご先祖さまが、モーセに率いられて、エジプトから脱出を果たした出来事を記念して守られるようになりました。

 ユダヤの暦ではニサンの月の14日、春分の日に相当するそうです。この日、ユダヤ人の各家庭で、一切のパンを出して焼き捨てることから祭りが始まります。夕刻から、各家庭毎に、過越祭の食事をいただきます。


◆食卓に上るのは、最初に葡萄酒です。エジプトでの苦難の時代に流された血、血の犠牲を象徴します。次には、苦菜です。文字通りに苦い菜で、苦々しい記憶を意味します。私たち日本人なら、臥薪嘗胆という言葉を連想させられます。

 それから、果実と葡萄酒を混ぜたクリ−ムが出ます。何だかおいしいデザートのように聞こえますが、これは、粘土を捏ねるという奴隷的労働を意味するのだそうです。

 そして、三枚に重ねた種入れぬパン、苦しみのパンと呼ばれます。

 最後に、子羊の肉です。

 詳しく言えば、この間に詩篇朗読とか祝福の祈りとかいろいろな手順がありますが、今日の箇所を読む上で必要なことに絞って申しました。


◆ついでに除酵祭についても最低限のことを申します。除酵祭、即ち種入れぬパンの祭り、これは過越祭の翌日から一週間続きます。酵母を除いたパンを焼いて祝ったことが、この名の由来です。元来は大麦の鎌入れの祭り(収穫祭)でした。農繁期で、手間の掛からない簡単なパン焼いて食べたことから始まりました。

 これが、過越祭と結びつき、エジプト脱出のために、慌ててパンを焼いたと言う意味が、後付けになったと考えられています。


◆以上は、この出来事の舞台設定のようなものです。17節から順に読みます。

  … 除酵祭の第一日に、弟子たちがイエスのところに来て、

  「どこに、過越の食事をなさる用意をいたしましょうか」と言った。…

 大事な祭りですから、どうしても場所を設けなければなりません。12弟子に限定したとしても、13人が入る部屋が必要です。会場を用意することは、そんなに簡単ではありません。当時、レストランなんてありません。


◆18節。

  … イエスは言われた。「都のあの人のところに行ってこう言いなさい。

   『先生が、「わたしの時が近づいた。

  お宅で弟子たちと一緒に過越の食事をする」と言っています。』」…

 ここに記録されていることについては、いろんな解釈が成り立ちます。

 例えば、イエスさまがエルサレムで活動出来たのは、イエスさまの信奉者が既にエルサレム市内に存在していて、便宜を図っていたからだというものです。

 その可能性は高いと思います。『都のあの人のところに行って』という表現は、そういうことを想像させます。


◆更に、この家を提供したのはマルコの父親だという説もあります。

 21章の驢馬についても、この後のゲッセマネの園についても、マルコの父親のものだと言う説があります。そうかも知れません。しかし、それなら、『都のあの人』と回りくどい言い方をしなくても、マルコの父親のところに行きなさいと言えば済むことです。弟子たちがそのことを知らないと言うのも変です。

 マタイ福音書はマルコ福音書と多くが共通しています。マタイ福音書がマルコ福音書を元にして書いたと考えてもよろしいでしょう。両者に共通の資料があったのかも知れません。マタイ福音書は、マルコ福音書よりも後の時代に記され、かつこれを下敷きにしているという証拠の一つがマタイの方が長いことです。ほぼ倍です。マルコに、他の話を付け加えたり、解説したりした結果と思われます。


◆ただし、この箇所で言いますと、マルコ福音書の方が長く、詳細に記しています。

 内容的には、ほぼほぼ共通しているのに、大きい違いがあります。

 このような仮説は、永久に証明されることも、否定されることもないでしょう。少なくとも、今日の箇所を解釈する上では、どうでも良いことに過ぎません。

 しかしながら、17〜19節に記録されていることも、過越の祭りという舞台設定も、無意味なことではありません。それどころか、決定的に重要な意味を持ちます。


◆肝心なことは、これから起こる全てのことが、過越祭つまり、出エジプトの出来事と重なる出来事だと言うことです。17〜19節は、そのことを強調しています。

 むしろ、今までに起こったことも含めて、と言った方が良いかも知れません。

イエスさまの旅は、罪の奴隷となっている人々を救い出し、神の国を目指して旅するもの、つまり、新しい出エジプトだったのです。

 そう言う風に見ますと、5千人のパンの給食や山上の変容等、出エジプトとイエスさまの旅とは重なっていることが実に多いことが分かります。出エジプトの出来事を、イエスさまの旅がなぞっていると言いたいくらいです。

 先程申しましたように、過越祭で食卓に上がる葡萄酒は、苦難の時代の血の犠牲を象徴しています。より具体的には、このことを指摘しておかなくてはなりません。

 出エジプト記12章の6〜7節と12〜13節を読みます。

 『そしてこの月の十四日まで、これを守って置き、イスラエルの会衆はみな、

  夕暮にこれをほふり、

  7:その血を取り、小羊を食する家の入口の二つの柱と、

  かもいにそれを塗らなければならない。

  12:その夜わたしはエジプトの国を巡って、エジプトの国におる人と獣との、

  すべてのういごを打ち、またエジプトのすべての神々に審判を行うであろう。

  わたしは主である。

  13:その血はあなたがたのおる家々で、あなたがたのために、しるしとなり、

  わたしはその血を見て、あなたがたの所を過ぎ越すであろう。

   わたしがエジプトの国を撃つ時、災が臨んで、

  あなたがたを滅ぼすことはないであろう。』

 エジプト人に神さまの怒りが降った時、ユダヤ人は家の戸口に血を塗りました。血が塗られた家の前を、災いは通り過ぎた、過ぎ越したのです。これが過越祭です。


◆今、イエスさまと共に過越の食事に与る弟子たちは、イエスさまの十字架の血を、めいめいの心の扉に塗ることになります。そして、これは、むしろ次回の聖書の箇所で申し上げるべきことですが、今日聖餐式に与る私たちは、同さまに、イエスさまの十字架の血を心の扉に塗ることになるのです。

 イエスさまの十字架の血を塗ることは、二重の意味を持ちます。一つは、新しいイスラエルの一員となると言うことであり、今一つは、災いが、罪が、私たちの心の戸口を過ぎ越して行くのです。決して自分だけは災いを逃れることが出来ますようにという、ずるい気持ちではありません。罪に染まらないように、罪に巻き込まれないようにとの願いです。


◆さて、過越の食卓で最後に今日されるものは、子羊の肉でした。今、イエスさまの最後の晩餐のテーブルには、子羊の肉がありません。この子羊の肉は、勿論、イエスさまご自身です。

 最後の晩餐は、26節の讃美で終わっています。これは過越の食事の作法にかなっています。過越の食事は、詩篇115〜118篇を讃美して終わります。しかし、肝心の子羊の肉がありません。最後の晩餐は、イエスさまの十字架を待たなければ完結しないのです。

 出エジプトとイエスさまの旅とは重なっていることが実に多いと申しました。その極まりが、24節でしょう。イエスさまの十字架によって、新しい契約が結ばれました。新しいイスラエルが誕生したのです。

 この時に王の即位が約束され、神の国の出現が約束されたのです。それは、イエスさまが十字架に架けられること、つまり、玉座に座ることによって、実現されました。

 さて、もう、既に、次回それ以降の箇所に入り込んでいます。その際に詳しく申し上げることに致しまして、今日の箇所に戻ります。


◆21節。

  … 「はっきり言っておくが、あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしてい    る。」…

 何ともおぞましい預言です。

 『あなたがたの中のひとり』、神の国の住民となるべく召し出されたものが、裏切り者となるのです。私たちの教会の中に裏切る人がいると言われているようなものです。

 『一緒に食事をしている者』、「一緒に礼拝を守っている者」「一緒に聖餐式を守っている者」が、です。

 しかし、このことも出エジプト記と重なっているのかも知れません。モーセの指導のもとにエジプトを脱出したユダヤ人が、マナという神さまから下される食べ物で養われていながら、つぶやきを言い、モーセを裏切り、それどころか、偶像を刻んで拝んだのです。つまり、他の神に仕えたのです。

 実際、歴史上の教会も同じ道を辿りました。確かに、教会の歴史は、躓き、つぶやき、それどころか、裏切り、腐敗の道でありました。

 しかし、イエスさまがその教会を立てたのです。


◆さて、このことと関連致します。ユダは最後の晩餐の席から何時立ったのでしょうか。各福音書で違いがあります。

 マタイ福音書では、はっきりと記されてはいませんが、マルコと殆ど同じ展開の後に、26章25節、このような描写が入ります。

  … イエスを裏切ったユダが答えて言った、「先生、まさか、わたしではないでしょう」。

   イエスは言われた、「いや、あなただ」。』

 その後は、またマルコと同じです。そこから、最後の晩餐の一番肝心な場面では、ユダはもう席を外していたと読むことが出来ます。聖餐式にユダのような人物にいて貰いたくなかったのかも知れません。

 しかし、マルコとルカでは、どうも、最後までユダが同席していたと読む方が自然です。

ヨハネ福音書では、出て行ったタイミングがはっきりとしています。13章25〜27節。

  … その弟子はそのままイエスの胸によりかかって、

  「主よ、だれのことですか」と尋ねると、

  26:イエスは答えられた、「わたしが一きれの食物をひたして与える者が、

   それである」。そして、一きれの食物をひたしてとり上げ、

    シモンの子イスカリオテのユダにお与えになった。

   27:この一きれの食物を受けるやいなや、サタンがユダにはいった。

    そこでイエスは彼に言われた、「しようとしていることを、今すぐするがよい」。』

 ヨハネ福音書には右か左か二つに道が分かれるという場面が数多く出てまいります。聖餐式の中でも、同様なのでしょう。ヨハネの聖餐式ではそこにユダはいません。


◆残念ながら、どの福音書を読んでも、教会は、裏切りを内包しています。

 しかし、観点を変えて読めば、つまり、誰がイエスさまを十字架に架けたのかではなくて、誰のためにイエスさまは十字架に架かったのかと読めば、良く分かります。

 モーセは一部の選りすぐった人を連れて、エジプトを脱出したのではありません。足手まといでしかないような人々も皆一緒でした。そして、躓く人が多く出てしまいました。

 イザヤは、55章1節で、

  … さあ、かわいている者はみな水にきたれ。金のない者もきたれ。来て買い求めて   食べよ。あなたがたは来て、金を出さずに、ただでぶどう酒と乳とを買い求めよ。   … と、共に砂漠を越える旅をする仲間を募っています。資金や体力が充分ではない者は足手まといだった筈ですが、誰でもと呼び掛けています。教会も同様です。

 イエスさまは誰のために十字架に架けられたのか、裏切り躓く人々のために、架けられたのです。十字架の血に塗られている者がキリスト者です。それが、キリスト者の印であり、人を絡め取り滅ぼす罪が、キリスト者の上を、過ぎ越してゆくのです。


◆マタイ10章の12弟子を選ぶ場面を思い出して下さい。12弟子の名前が上げられます。4節を読みます。

  … 熱心党のシモン、それにイエスを裏切ったイスカリオテのユダである。 …

12弟子の一人『イスカリオテのユダ』が裏切り者となったのです。

 これはイエスさまに人を見る目がなかったと言うような話ではありません。

 イエスさまは12人を、つまり、教会を立てられたのです。その教会は、裏切り者をも内包しているのです。その人を救うためです。