私は、小学校3年生の時に、生まれて初めて、海を見ました。どんなに感動的だったか、その時の海を描写す る必要はないでしょう。〜 この瞬間に、誰かが、「神はおられる」と言ったならば、私は、その瞬間に、理屈なし に神を信じたと思います。 小学校の校舎は、長い坂の向こうにありました。長い上り坂の間、その建物は全く見えません。毎朝毎朝、 校庭の坂を上りきったら、そこに、海が見えるような気がしました。勿論、そんなものは存在しません。毎朝毎 朝、期待は裏切られます。それでも、毎朝毎朝、海の波が見得るような気がし、潮の香りがする気がして、坂 道を上り続けました。 もし、海への憧憬がなかったなら、海の幻ががなかったなら、私は登校拒否になっていたかも知れません。 湖は、海に負けず、もしかしたら海以上に、神秘を感じさせられる所です。松江北堀教会の時代、毎日のよう に、宍道湖のほとりを散歩しました。特に夕焼け時、湖に浮かぶ『嫁が島』の背後に、陽が沈む景色は、美し いと言う表現さえ超えています。涙が滲んできます。 松江は出雲の国です。出雲、つまり、雲出る(くもいずる)国です。何時でも、低い雲が垂れ込めています。 雪舟は出雲の出だと、出雲の人は思っています。実際は、備中かも知れませんが、出雲は、正に水墨画の世 界、雪舟と結び付けられるのは、むしろ当然です。モノクロ、そこには余計な色彩はありません。 だからこそ、夕日の色が冴えます。そして、日中には、低い雲の切れ目から、幾筋か、光が射します。所謂レ ンブラント光線です。『フランダースの犬』の、ネロとパトラッシュを天国に誘う、光です。 この光を常に浴びている出雲の人が、信心深いのは、むしろ自然だと思います。理屈や神学を超えて、「神 おわす」と思わされます。 徒に長くなっているかも知れません。 イスラエルの人にとって、ガリラヤ湖は、神秘の湖でした。そこで魚を獲り、暮らしを立てている人もいますが、 多くの者にとって、「神おわす」所でした。 近隣に住む人は、かつての北王国の僅かに残されていた末裔と、ギリシャからの移住者ですが、人口は多く ありません。都エルサレムからは遠く離れた静謐な場所です。 だからこそ、神秘を感じさせられます。 海でも、湖でも、静寂こそが必要でしょう。静寂の内でしか、神の声は聞こえないかも知れません。イエスさま は、常に、静寂な湖の畔、もしくは丘の上で祈られました。 イエスさまに、雑踏の祈りはありません。むしろ、街中での祈りを、批判しておられます。人々に聞こえる、聞か せるためのファリサイ派の祈りに批判的です。律法学者による、教養と信仰を見せびらかすための祈りを、退け られます。 1節。 … イエスは、再び湖のほとりで教え始められた。 おびただしい群衆が、そばに集まって来た。そこで、イエスは舟に乗って腰を下ろし、 湖の上におられた が、群衆は皆、湖畔にいた。… 『再び湖のほとりで』、舞台は、再び湖畔です。たまたまではなく、好んで、何かしら意味があってのことです。 やはり、静寂を求めてのことでしょう。 しかし、そこに群がったのは、『再び』、群衆、オクロスです。これまで見たように、福音宣教を妨げる存在であ り、何よりも、イエスさまを十字架に架けよと叫ぶことになる群衆と同じ群衆・オクロスです。 しかし、この群衆こそが、福音宣教の対象です。 舟に乗ってとは、イエスさまと民衆との距離を表していると考えます。全く遠ざかったのではありませんし、しか し、民衆の中におられるのでもありません。 かつて、日本にも一大キリスト教ブームがありました。戦後間もなく、私がいた大曲教会でも、白河教会でも、 礼拝堂から人が溢れる程だったと聞きます。 大曲教会も、戦後はにわかに盛んになりました。このブームの推進役だった一人、賀川豊彦師の伝道集会 が行われました。荒井源三郎牧師が駅まで迎えに出ますと、そこに社会党の代議士がいました。矢張り、賀川 豊彦師の出迎えです。この二人が握手する様子を見た荒井源三郎牧師は、代議士にではなく、賀川豊彦 師に噛みつきました。 「あなたは、何しに来たのか。伝道集会の講師ではないのか。政治運動のために来たのなら、直ぐに帰って欲 しい。」 この代議士は、戦前、大曲教会で洗礼を受けましたが、戦中は、愛国青年団のリーダーとなり、教会に石を 投げ込んだこともあったそうです。戦後は、共産党員になり、その後、社会党に鞍替えし、衆議院議員に当選 した人でした。 君子豹変すという言葉がありますが、豹変するのは、むしろ、大衆です。オクロスです。群がって、教会に石を 投げた人はどこに行ったのでしょうか。礼拝堂に溢れるばかりに集まった人々は、どこへ行ったのでしょうか。 一大キリスト教ブームの定着率は悪かったようです。ビリーグラハムなどの大衆伝道も同じです。何万人も集 まり、同時に何千人も洗礼を受けたそうですが、この洗礼体験者を、私は数人しか知りません。殆どの人は、 教会から離れてしまいました。オクロスですから。 『舟に乗って、湖の上から』、これはこのような群衆との距離だと私は考えます。 群衆に飲み込まれない距離を保ちます。しかし、言葉は届きます。 この場面だけではありません。随所に、同様の表現が見えます。 2節を読みます。 … イエスはたとえでいろいろと教えられ、その中で次のように言われた。… 譬えで教えられたとあります。つまり、直接的ではありません。 譬えの方が、分かり易いと言う人がいます。〜 嘘です。分かり易い譬えもありますでしょう。しかし、それなら、 敢えて譬えを用いる必要もありません。 大体の場合、譬えは、聞く者の解釈が分かれ、分かり難くなります。 次週の箇所12節を読めば、このことを誰も否定出来ません。 … それは、『彼らが見るには見るが、認めず、聞くには聞くが、理解できず、 こうして、立ち帰って赦されることがない』ようになるためである。」… この言葉自体は、寓話ではありませんが、譬えではあります。その意味を取ることが非常に難しい譬えです。 そもそもは、預言者イザヤの言葉です。 言葉も、文字も、人が他の人に気持ちを、或いは情報を伝えるための手段・道具です。しかし、全く逆の目 的で使われることも少なくありません。 符牒と呼ばれるものがそうです。寿司屋の符牒、元々は、値段・勘定を隠すために、寿司職人だけの間で 用いられたそうです。値段・勘定を意味する符牒さえ複数あります。他にも、「おあいそ」、これは、そもそもは、 客が帰る際の遊郭の隠語です。客が花魁・もてなしに、もう愛想が尽きたという意味で、勘定を指しました。こ れを客本人が言ったら、「こんな店には二度と来ない。」文字通りになってしまいます。 むらさきも、しょうばんも、差し替えも、上がりも、本来は符牒・隠語です。符牒を客が使うこと自体が間違い です。今は、意味も間違って使われることの方が多いようです。 聖書世界でも同じです。そもそも、言葉・文字、これは、ごく一部の専門家に独占されていました。自分たち だけが知る言葉・文字を持つことで、そこから得られる物も独占出来ました。 エジプトの神聖文字がそうです。特に暦、これを持つことが、神官や王族の権威の根拠でした。皆がそれを 持ったら、権威は無くなります。 中世の教会も同じです。教会では、ラテン語だけが用いられました。一般信徒は、そもそも、聖なる礼拝堂 の中で、声を出すことさえ禁じられていました。勿論、讃美歌も歌えませんし、お祈りさえ出来ません。ラテン語 が、祭司の権威の根拠でした。 イスラエルでも、祭司だけが神の言葉を独占し、後にも、ファリサイ派や律法学者だけが、神の言葉を独占し ていました。その時に、イエスさまが、譬えでお話しされました。 それには、二重の意味があると考えます。 一つには、一般大衆にも届くのが目的です。とても大事なことでしょう。神の言葉が一部の人の専有物になっ てはなりません。 宗教改革は、正に、その目的を持っていました。ラテン語の聖書が、それぞれの国語に翻訳され、誰もが、聖 書を、神の言葉を読むことが出来るようになりました。聖書は、祭司の独占物ではなくなりました。 これに逆行するようなことが、あってはならないと思います。 神学的と言えば、聞こえは良いのですが、学問がなければ、聖書は分からない、専門的な技量がなければ 讃美歌を歌えないと言ったら、宗教改革とは、逆行です。 しかし、おうおう逆が好まれます。オクロス自身が、それを好むからです。 この点については、マルコ福音書よりも、マタイ福音書の方が、分かり易くそして詳しく述べています。引用して いると長くなりますので、要点だけ申します。 イエスさまは、ファリサイ派の信仰姿勢を鋭く批判しています。彼らが、人に聞こえるように、大道りの辻に立 ち、説法したり、祈ったりするのを、徹底的に批判しています。何故、ファリサイ派は、そのようにするのでしょう か、何故イエスさまは、それを強く批判するのでしょうか。偽善者と呼んで、退けるのでしょうか。 群衆がそれを好むからです。 マタイ福音書の『山上の垂訓』で、イエスさまがあんなにも明確に述べておられるのに、今日の信仰者も、そ れを全く聞きません。受け入れません。逆のことを言います。 ここだけは、引用します。5章7〜8節の一部です。 … あなたがたが祈るときは、異邦人のようにくどくどと述べてはならない。 異邦人は、言葉数が多ければ、聞き入れられると思い込んでいる。 8:彼らのまねをしてはならない。… こんなにもはっきりと教えられているのに、真逆が横行します。 牧師にも信徒にもです。長い祈り、着飾ったような祈りが、好まれ、敬われます。 肝心な譬え話の意味、その解釈については、次週の箇所に譲ります。次週の箇所自体が、今日の箇所の解 釈になっています。今日は、このことだけ申します。 新共同訳聖書の小見出しは、『「種を蒔く人」のたとえ』、そして、『「種を蒔く人」のたとえの説明』となってい ます。この小見出しが既に解釈です。 この譬え話は、『「種を蒔く人」のたとえ』、ではないと考える学者もいます。『種を蒔く人』に焦点があるのでは なく、『蒔かれた種』が大事だと考える学者もいます。この人なら、『蒔かれた種の譬え』、になりますでしょう。 『種蒔かれた地』だと主張する人もいます。この場合、大事なのは、畑そのものです。 イエスさまの譬え話は、決して分かり易くはありません。学者の間で論争があるような譬え話を、私たちは、どの ように受け止め、解釈したら良いのか、戸惑うばかりです。 12節そのままです。『見るには見るが、認めず、聞 くには聞くが、理解できず』。 私は、これらのどの説も一理あると思います。有益だと考えます。 「だから、どれが正しいとも言えない。」と言う意味ではありません。「どの説も一理あると思い、有益だと考 え」、いろいろに読んだら良いと思います。考えることそのものが、思いを巡らすことそのものが、有益だと思いま す。 昨日と今日とで、読み方が変わってもかまわないと、私は思います。牧師が、先に紹介した3つの立場の、ど れを前提として説教しても、間違いとは言えないと、私は思います。 今週と来週とで、違ったことを言っても、誤りではないと、私は考えます。自分で読み考えることこそが、宗教 改革がもたらしたもの、成果です。 それだからこその、譬え話ではないでしょうか。聖書に向かい合い、聞き、考え、そして祈る、その繰り返しが信 仰生活です。ファリサイ派の人のように、もう全部分かってしまって、教え、諭し、それなら未だしも、強制し、虐 げるのが信仰ではありません。 しかし、群衆・オクロスこそがそれを求めます。権威を求めます。 話の流れですし、伝統的な解釈については、次週触れますので、聖書学者には馬鹿にされるだろう、全く個 人的な解釈を申します。 聖書時代の畑は、静かだったと思います。機械の音が響く現代とは違います。ですから、昔の農民は、畑 で、いろいろと思いを巡らし、神の業なる自然のただ中で、神の声を聞くことが出来たかも知れません。羊を飼 う人も同じです。動物や鳥の鳴き声は、思索の妨げにはなりません。そのような畑に種が蒔かれました。種こそ が農民ではないでしょうか。 イエスさまの時代、従来型の農耕牧畜は、終焉を迎えていました。ローマに圧迫され、エルサレムに人口が集 中し、都に入りきれない人々が、難民化しました。 これらの人々こそが、ここに登場する群衆・オクロスだと考えます。彼らは、蒔かれる種の如く、方々に散らされ ました。この時代、故国に暮らすユダヤ人は、10%に過ぎず、90%は、地中海世界に散っていました。これ が、キリスト教が瞬く間に地中海世界に拡がった大きな要因、多分最大の理由となります。種蒔かれる時、種 散らされる時です。 |