○ 19節から順に読みます。 『だれに対しても自由な者ですが』 普通の日本語では、このような表現はしないと思います。誰からも自由という表現ではなく、『だれに対しても自由』という、奇妙な表現がとられています。 誰かしらに拘束されているという受け身ではなくて、パウロの姿勢の問題だから、このような表現になったのでしょう。 このこと自体がとても大事な教えを含んでいると思います。 私たちは、誰々さんには何の借りもない自由だけれども、誰々さんには借りがある、頭が上がらないと言います。人との関係で自由だったり自由でなかったりします。だれにも借り・負い目がなければ誰からも自由です。 しかし、パウロが言うのは、誰からも自由ではなくて、『だれに対しても自由』です。相手に関係なく、相手との関係に依らず、自由なのです。 誰に対しても負い目がありませんし、偏見や悪意もありません。全く自由な心で、パウロは人に向かい合います。 ○ そのパウロが、自由なパウロが、『すべての人の奴隷になりました』と言います。 『奴隷』とは、簡単に言えば、金銭やその他の理由で、他人の持ち物になってしまうことです。自分の人格がなくなり、他の人の所有物になることです。 しかし、今パウロが言う、『奴隷にな』るとは、他人に隷従し、その言いなりになるという意味ではなく、献身的に仕えるという意味です。隷従と献身とは同じではありません。 難しくしないで簡単に説明すれば、全くの自由人であるパウロが、しかし、まるで奴隷のように、人に仕えるということでしょう。 ○ 何故そんなことをするのか、自由を捨てて、奴隷のようになるのか。『できるだけ多くの人を得るためです』とパウロは言います。 信仰を得、救いに入ること、つまりは信者とすることが、『多くの人を得る』と表現されています。信者獲得と言えば聞こえが良くないかも知れませんが、要するに伝道のことであり、伝道することこそが救うことです。 伝道する、つまりは信者獲得、つまりは教会繁盛というように考える人が少なくありません。そうして教会を大きくしようとする人も、そんなことには反対だと言う人も、伝道、つまり信者獲得、つまり教会繁盛、商売繁盛と考えています。 しかし、パウロが言っている『多くの人を得る』は、救いに入れられる人を多く生み出すということです。 昔、『救霊運動』という言葉がありました。魂を救うことであって、信者獲得、教会繁盛と、同じではありません。 ○ 20節。 『ユダヤ人に対しては、ユダヤ人のようになりました。ユダヤ人を得るためです』 ユダヤ人の考え方や価値観を尊重したということでしょう。ユダヤ人の立場になってとも言えますでしょう。ここでも、ユダヤ人の救い、つまり、信仰を得られるようにということです。迎合ではなく、救いのための配慮です。迎合と配慮は同じではありません。 ○ 高見沢潤子さんが、昔々『信徒の友』に記しています。秋田県南に伝道したマルチン・モッサー・スマイザーという宣教師がいました。『長靴宣教師』とも呼ばれます。この人が他の宣教師と比べて抜群に業績を上げたかと言うと、そうでもありません。しかし、彼の伝道は、100年近くが経った今日でも脈々と流れています。秋田県南の地には大きな教会などありません。クリスチャン人口も多くはありません。しかし、現在時点でも、この地方の教会出身で日本基督教団の牧師をしている者が大勢います。お隣の田園調布教会の高橋牧師もその一人です。私の知る限りでも、東京近辺に10人以上います。私もその一人です。 それには理由があります。そして最大理由はマルチン・モッサー・スマイザーの存在です。戦前の宣教師には、日本人、特に東北人などを、未開の人として蔑む気持ちがあったようです。無知蒙昧、野蛮な人間を如何に啓蒙・教化するか、それが伝道でした。 土地の文化や習俗、教養などは、全て否定的に見られます。 しかし、スマイザーだけは、日本人の気質、道徳・倫理感の高さを評価しました。途中は端折りますが、本当に日本人に伝道するには、日本人の力、日本人の言葉が要ると考え、貧しい子どもを旧制中学に入れることから、伝道の業を始めました。その資金を得るために、彼自身は中学校の英語教師として働きました。 また、長靴を履いて、田舎の百姓家を訪ね歩き、土地の人々に好意をもって迎えられました。耶蘇という言葉や、多くの因襲が残っていた秋田の南の地方で、何故、好意で迎えられたのか、理由は一つです。スマイザーが、日本人を評価し、好意を持ち、土地の人々の思想を理解しようとしたからです。 ○ 私自身の体験です。受洗した日の午後に、本家の叔父が訪ねた来ました。私の知る限りたった一度きりのことです。この叔父が、何故か私が洗礼を受けることを知っていて、西村家として受洗を「許す」と言うのです。叔父や本家の許可が要ると思ったことはありません。しかし、本家としては、一族から耶蘇が出ることは一大事だったようです。そうして、許しにやって来たのです。 叔父は言います。「変な外人さんがいた、でもとても良い人だった。他の外人さんのように偉ぶることなどなかった」。これが、スマイザーが遺した伝道の成果です。 ○ 20節の後半。 『律法に支配されている人に対しては、わたし自身はそうではないのですが、律法に支配 されている人のようになりました。律法に支配されている人を得るためです』 手練手管ではありません。律法からの自由を得たパウロが、『律法に支配されている人』の救いのためには、これをただ否定するのではなく、『支配されている』現実を踏まえて対処したのです。批判と配慮は同じではありません。 ○ 21節。 『また、わたしは神の律法を持っていないわけではなく、 キリストの律法に従っているのですが、律法を持たない人に対しては、 律法を持たない人のようになりました。律法を持たない人を得るためです』 20節と全く同じ論法です。伝道の対象を全く否定するのではなく、その人の立場になって対応する、これが伝道でしょう。 ○ 22節も同様です。 『弱い人に対しては、弱い人のようになりました。弱い人を得るためです』 全く同じ論法です。 ○ このようなパウロの姿勢は、23節に極まります。 『福音のためなら、わたしはどんなことでもします』 今日の箇所に述べられていることは、要するに、目的のためならば何でもするということです。但し、悪いことでも何でもすると言うのではありません。普通、目的のためには手段を選ばないと言うと、他人の犠牲・迷惑は省みないという意味ですが、この場合は、どんな犠牲でも払うという意味です。つまり、犠牲を払うのはパウロ自身です。 正義のためには手段を選ばないという過激派・テロリストがいるし、正しい教えのためには、流血もやむなしとする熱狂主義的な宗教がありますが、パウロが言うのは、これとは全然意味が違います。真反対です。 他人の血を流すのではなく、自分自身の血を流すのであり、上の者が下の者に犠牲を強いるのではなく、上の者が下の者のために、犠牲となるのです。 どんな犠牲を払うのか。前回の箇所に出で来たように、経済的な犠牲もありました。肉体的に痛めつけられることも、しばしばありました。そういった危険や犠牲を省みず、何処にでも出て行くし、何でもする、そのように決意の程を示しています。 ○『それは、わたしが福音に共にあずかる者となるためです』 これこそがパウロの伝道の目的です。わたしが福音を得るでも、福音を授けるでもなく、『福音に共にあずかる』。これこそが教会のあるべき姿ではないでしょうか。 ○ 24節以下は、大分話が飛躍します。飛躍ではなく発展でしょうか。 『あなたがたは知らないのですか。競技場で走る者は皆走るけれども、 賞を受けるのは一人だけです。あなたがたも賞を得るように走りなさい』 オリンピック競技のマラソンを例に取っています。 25節。 『競技をする人は皆、すべてに節制します。彼らは朽ちる冠を得るためにそうするのですが、 わたしたちは、朽ちない冠を得るために節制するのです』 『朽ちる冠』とは、オリンピックの優勝者に与えられた月桂冠のことです。月桂冠は、現代の金メダルとは違って、時を経ずして萎れてしまう。現代の金メダルも、そして月桂冠も、廃れ、忘れられてしまうことのない名誉を象徴しています。しかしパウロに言わせれば、これさえ何時かは萎れてしまう冠に過ぎません。パウロにとって、朽ちない冠とは、永遠の生命、主イエス・キリストの十字架以外にありません。 『朽ちない冠を得る』つまり、救いに与ることこそがパウロの信仰の目的であり、他には何も報償を期待しません。 ○ 『だから、わたしとしては、やみくもに走ったりしないし、空を打つような拳闘もしません』 目的を達成するために、努力だけでは意味がない、結果を出しなさい。24節以下を要約すれば、そういうことになります。 しかしパウロが言うのは、教会の繁盛のことではありません。一人ひとりの救いの達成のことであり、もっと、分かり易く言えば、この言葉は、牧師に語られているのではなく、一人一人の教会員に語られています。 牧師にとっては、教会が盛んにすることが、使命かも知れません。 しかし、教会員一人ひとりにとってこそ、自分自身の救いこそが目的の筈です。 ○ 27節。 『むしろ、自分の体を打ちたたいて服従させます。それは、 他の人々に宣教しておきながら、自分の方が失格者になってしまわないためです』 何かしら目標を立てて、これを実現するためには、人は努力します。競争相手に負けない努力をしなければ、勝てません。目標には届きません。当たり前です。 信仰の道はどうでしょうか。同じことでしょう。目標を立てて努力しなければ、成果などありません。当たり前のことです。教会だから、信仰だから、何も努力しないで、目標達成できると考えたら、大間違いです。 勿論、努力さえすれば、目標達成できると考えたら、大間違いです。人は誰も自分の努力で自分の業績で、救いを勝ち取ることは出来ません。救いはただ神さまの業です。 しかし、だから努力しないという選択肢はありません。 ○ コリント書を読むと、パウロがどうしようもないコリント教会員に対して、忍耐強く、寛容で、とことんまで、話し合いの姿勢を持っていることが伝わって来ます。コリント書は、このことで貫かれているといっても良いでしょう。 しかし、逆に言うと、パウロは簡単には妥協しません。妥協しないから、議論が果てしなく続きます。ガラテヤ書などは、『ああ、物分かりの悪いガラテヤ人よ』直訳すれば、『ああ、頭の悪いガラテヤ人よ』こういうひどいことを言いながら、なお議論を続けます。 ○『ユダヤ人に対しては、ユダヤ人のようになり』『律法に支配されている人に対しては、律法に支配されている人のように』『律法を持たない人に対しては、律法を持たない人のように』『弱い人に対しては、弱い人のように』 こういう表現を見ると、柔軟というか、融通無碍というか、もっと悪く言うと、定見がない、出鱈目とも聞こえます。しかし、パウロの実際は、融通無碍や出鱈目とは、大分違います。 典型的な例として、ガラテヤ2章11節以下に記される出来事を上げる事が出来ますでしょう。 『さて、ケファがアンティオキアに来たとき、非難すべきところがあったので、 わたしは面と向かって反対しました。 12:なぜなら、ケファは、ヤコブのもとからある人々が来るまでは、 異邦人と一緒に食事をしていたのに、彼らがやって来ると、 割礼を受けている者たちを恐れてしり込みし、身を引こうとしだしたからです。 13:そして、ほかのユダヤ人も、ケファと一緒にこのような心にもないことを行い、 バルナバさえも彼らの見せかけの行いに引きずり込まれてしまいました。』 ○ ペテロの言動は、良く言えば融通無碍、悪く言えば出鱈目です。パウロは、このペテロの姿勢を強く批判しています。その同じパウロが、どうして『ユダヤ人に対しては、ユダヤ人のようになり』『律法に支配されている人に対しては、律法に支配されている人のように』『律法を持たない人に対しては、律法を持たない人のように』『弱い人に対しては、弱い人のように』、なるのか、矛盾ではないのでしょうか。 根本的な違いは、妥協と寛容の違いです。上の者に対して、長い者には巻かれろ式に妥協してしまうのが妥協、下の者に対しても、どうせあいつらには分からないと切り捨ててしまうのが妥協、どこまでも見捨てず忍耐するのが、寛容です。 |